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前日のエステから始まって、睡眠時間を除いた本番までの拘束時間は、双方共に1日強。
これ程までに時間と手間をかけまくり、世界へ宣伝せねばならないのが『剣菱』の家柄。
「だー、もー嫌だー!何とかしてくれよ清四郎ー!」
「我慢ですよ悠理、これだけは終わらせなければいけないんですから」
荒れるご令嬢を宥めすかして、漸く当日へ漕ぎ付けたのは、我ながら天晴れ。
*
剣菱邸の大広間、金屏風やら溢れんばかりの花やらが飾る、絢爛豪華な会場で。
かつて同様多数の招待客やマスコミに囲まれながら、僕は悠理をエスコート。
顔にはすっかり板についた、ビジネススマイルを貼り付けて。
時折横目で悠理を伺えば、彼女も見事な余所行きスマイル。
お互いの背中か若しくは頭上には、巨大な猫が胡坐をかいているに違いないと確信した。
「もっとぴったり寄り添って下さい!」
「御二人とも、目線をこちらへ向けていただけますか!」
カメラマンから矢のような催促が飛んでくる中、可能な範囲であちこちへ笑みを振り撒く。
悠理のこめかみが多少ひくついて見えるのは、気のせいか。
僕は時には彼女の肩を抱き寄せて、彼女は時に僕の腰へ腕を回し。
たまには視線を合わせ微笑み、初々しさすら漂わせた風情のカップルとして、在り続けた。
『それなりにドラマチック』
分刻みのスケジュールを全て消化し、自室へ戻ることができたのは、午後11時過ぎだった。
「……もー、駄目。ギブー!」
「同感ですな、さすがに」
一歩部屋に入るなり、悠理は応接用の長椅子へ沈み込み、忌々しげにピンヒールを放り投げた。
僕も大きく溜息をひとつつき、タイを乱暴に緩めたが、悠理の荒れっぷりにはさすがに眉を顰めた。
「靴をそこらに放り投げるご令嬢なんて、いませんよ」
「うっさい!足痛くって、限界なんだもん!」
やんわり嗜めても、相当に足が参っているのか、逆ギレされてしまう。
僕も限界に達していたが、肩をすくめつつ、緩慢な動作で彼女の靴を揃え、自分の靴を履き代えて。
窮屈な上着を乱雑に脱ぎ捨て、外したタイと一緒に向かいのソファへと放り込む。
悠理の隣のスペースへ身を滑らせると、ぐったりと疲労感に包まれた。
「どうやら僕も、何か放り投げたい気分だったようですね」
「痩せ我慢なんてすっからだよ」
いつの間にか、悠理は心持ち僕へと近付き、じっと僕の顔を覗きこんでいて。
「清四郎、大丈夫?」
小首を傾げるその仕草は、学校で常日頃見慣れているものと同じ。
どれ程時間をかけてドレスアップされたとしても、やはり中身は元の悠理のまま。
無性に安堵感を覚え、同時に嬉しいと感じられた。
「まあ、幸い明日は学校も休みですし、予定も入れてないですからね。お前は?」
「あたいもまあ、何とか。あ、でも腹減ったなぁ」
肩の力を抜き、天井を見上げながら呟く彼女の言葉を耳にして、僕も途端に空腹を感じる。
「パーティーではひたすら挨拶ばかりで、ほとんど何も口にできませんでしたからね」
「だよな。んじゃ、何か持って来てもらうね」
悠理はのろのろ立ち上がり、室内履きも履かずに内線電話まで辿り着くと、夜食の注文を始めた。
互いに窮屈な衣装が限界に達していたため、シャワーを浴びて室内着に着替える。
部屋へ戻ると既に軽食の用意が整えられ、食欲をそそる香りが漂っていた。
「パーティーでさんざん乾杯させられたから、もう酒、いらないだろ?お茶にしてもらった」
「ええ、そうですね、助かります」
料理も和食中心の、体への負担をあまりかけないものばかりで、料理長の気遣いが伺える。
「清四郎、あたいもー腹ペコ。早く食おうぜ!」
「ええ」
互いに頷き合い、「いただきます」と号令かけて、いざ戦闘へ。
僕らは『今日のムカつくマスコミ関係者』について語り合いつつ、皿を次々片づけた。
「会見でさ、3番目に質問してきた記者って何様!?あの態度ってさぁ……あ、この煮物美味い」
「それを言うなら、最後に質問したTV局の女性も下品で……本当だ、塩加減が絶妙ですね」
「あー、あの派手なオバチャン!あの人酷かったー、なぁにが『夜のお召し物は?』だ!」
「ああいう品のない人たちは、今後出入り禁止にしましょう。ほら悠理、卵とじも美味しいですよ」
「ん、そうしといて……って、ありがと。うーん、ニラが美味ーい!」
「明日には手配します。それにしても、さすがは料理長ですね。いつもながらお見事です」
「ホントだよな!んじゃあたい、そろそろデザート追加しよっかな」
「これだけ食べてですか?相変わらず四次元ポケットのような胃袋ですね」
「あたいは猫型ロボットじゃないやい!」
婚約者同士としての、甘い空気すら欠片もないのだが、何しろそれは僕と悠理。
まともな恋も知らぬままに過ごし、『共犯者』として運命共同体となる決意をしたばかりの2人。
ありがち二流ホームドラマのような微妙な空気については、多めに見てもらいたい。
そして食事も片付けられ、僕は悠理とふたりきり、長椅子の中央に並んで腰を下ろし。
無事デザートまで完食して心から満足した彼女の隣で、僕も2杯目の煎茶を啜っていた。
「まあとにかく、会見とパーティーの難関を無事に突破できましたね」
「うん、そーだなぁ」
悠理は僕の意見に同調してから、ふんわりと微笑む。
「清四郎、ありがとな」
「え?」
「お前と一緒なら、この先も大丈夫そうな気がしてきた。だから、ありがと」
彼女の素直な感謝の言葉はいつも唐突で、その度に僕は激しい鼓動を自覚する。
嬉しくもあり、面映くもある今の気持ちを、どう伝えれば良いのだろうかと思いあぐねて。
「悠理」
僕は彼女へ手を伸ばし、白く小さな指に自分のそれを絡めた。
当然ながら、悠理は僕の意思を図りかね、首を傾げる。
「何?」
「僕も嬉しいと思いますよ。お前が笑ってくれたから」
自分の中にある、ありったけの誠意を込めて、告げてみると。
悠理は微かに頬を赤らめて、とびきり嬉しそうな笑顔になった。
「これからも、よろしくお願いしますね?悠理」
「……あたいこそ、よろしくな。清四郎」
ふたりだけで、そっと交わした誓いの言葉は、優しく互いを包み込んだ。
*
恋愛なんて、できないけれど。
それなりに変化に富んで、飽きることのないこの関係。
それなりに、ドラマチック。
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当ブログへ掲載している作品は、小学生当時連載開始から読んでいた思い出の作品。数年前にちょっとだけ二次創作を綴っていましたが、いきなりブームが再燃しました。
更新ペースは超・いい加減でございますので、皆様どうぞご容赦を。