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君を大切に想う人から、託されたのは。
君への愛と、君自身。
『僕の可愛い君へ。』
(全く……)
恨み言のひとつも言いたい胸のうちを押し込め、僕は車の後部座席に腰掛けていた。
手にした会議資料を斜め読みする事すら、忘れて。
脳裏に過ぎるのは、今夜の予定を反故にしてしまった相手との、30分前の電話。
「本当に……すみません、悠理」
『父ちゃんの命令だもん、仕方ないよ。あたいの事は気にすんなって。じゃ、頑張れな』
あっさりと返答され、拍子抜けしてしまう程簡単に、通話は切れた。
元来の性格故か、悠理は財閥令嬢という肩書きにそぐわぬ程に、他者へ気を遣う点があり。
僕の突然の予定キャンセルに対しても、我侭を言って困らせるような真似はまずしない。
それでも会話が切れる際、微かに彼女の溜息が届いたような気がしていて。
(すまない……悠理)
シートに凭れて目を閉じ、しばし恋人の面影を辿った。
*
久々の逢瀬を邪魔する事となった、あまりにも不本意な会合への出席は、会長からの直々の指示。
それ故辞退も叶わずに、諦め顔と溜息をスーツに閉じ込めて、会場へ向かった。
都内のホテルに集う面々を見渡せば、自分が一番の若輩者。
ギスギスした雰囲気が纏わりつく空気の中、窒息してしまいそうで。
早々に退散し、予め確保してもらっていた部屋へ戻ると、深呼吸。
堅苦しいスーツは、葬るが如くクローゼットへ投げ入れた。
「………全く」
値踏みされているような視線には、気づいている。
剣菱会長の懐刀とも、影で言われるようになった自分への、お世辞にも好意的ではないそれ。
(皮肉でもぶつけてくれれば、討論ででも返り討ちにできる分、少しは気も晴れるんですがね)
そんな不毛な考えを巡らせてから、苦笑い。
正面切ってタイマンなんて、これじゃ悠理と一緒じゃないか、と。
───悠理。
愛しい名を、口に出さずに呟いた。
(今日も逢えなかったですね……)
目を閉じて思い浮かべる天真爛漫な笑顔は、自分にとって、唯一無比の清涼剤。
想う人と週末のひと時を過ごす事を望んでも、罰は当たらないだろうけれど。
しかし、今の立場は自分から選んで飛び込んだようなもので、我侭も言えない。
悠理に相応しい存在と、なるためには。
「………」
思い立って携帯を手に取り、指が記憶済みの番号を押す。
数回のコールの後、機械を通して快い響きのアルトが耳に届く。
『もしもし?』
「もしもし悠理、僕です」
『わかってる。会議終わったのか?お疲れ、清四郎』
穏やかな悠理の声が、耳を介して自分の心を優しく擽った。
ふと、彼女の周囲がどこかざわめいている気配がして、僕は疑問を口にした。
「ところで悠理、今どこにいるんですか?」
『え、今?えーとね、兄ちゃんと一緒に呑みに来たんだ』
「豊作さんと、ですか?」
澱みない悠理の声に嘘はないが、僕以上に多忙な会長代理と外出とは珍しいな、と思う。
「珍しいですね、2人でお出かけとは」
『うん!すっごく久し振り。だからちょっと不思議な感じだけど、楽しいよ』
弾む悠理の声を聞いて、今彼女が満面の笑みを浮かべているであろうと、容易に推測できた。
自分の表情も、安堵で緩む。
「良かったですね。楽しんできて下さい」
『ん、ありがと。あ、清四郎はこれからまだ何か、仕事すんの?』
「いいえ、さすがに疲れました。そろそろ休もうかと思います」
『そっか。あのさ、次の週末には、会えっかな』
「ええ、今度こそ必ず。スケジュールを固めたら、こちらから連絡しますね」
『わかった、待ってる。んじゃ、お休み』
「お休みなさい」
次回を約して会話を終わらせると、僕は携帯を弄ぶ。
プライベート用携帯の待ち受け画面は、先月撮った僕と悠理のツーショット。
きっと今も、この画面そのままに、弾む笑顔でいるのだろう。
「……シャワーでも浴びますかね」
携帯をテーブルへ置き、立ち上がった時、ちょうど相手特定のメール着信音が鳴った。
僕はその音を割り振っている相手を思い浮かべつつ、再度携帯を手に取った。
「豊作さんから?何でしょうね」
開いてみると、簡潔な内容。
『今、悠理と一緒に○○ホテル2階のバーに来ています。
良かったら君もどう?』
驚くことに、自分がいる場所から程近い場所にいるとの、連絡に。
僕は目を見張ると、急いで一言だけ返信した。
『5分で伺います』
「清四郎!?」
僕の姿を認め、バーには場違いな、素っ頓狂な声を上げる悠理。
「こんばんは」
努めて冷静に挨拶するが、頭の中は、見たことのない彼女の装いで一杯。
落ち着いた印象を与えるシンプルなワンピース姿は、たまらなく魅力的で。
隣で穏やかに微笑む豊作さんに、合わせたのだろうか。
(本当に、お兄さんが好きなんですね)
兄弟仲の良さを改めて知らされ、自分の心の中に、明かりが灯ったような気分。
そんな僕らを一瞥すると、満足げな様子で彼が立ち上がる。
「さて、それじゃ、ここからは清四郎君にお任せしようかな。悠理、お先に」
「え!?」
「豊作さん?」
悠理や僕の動揺した様子にくすりと笑うと、豊作さんが何かを彼女に囁いた。
「………!」
絶句して、凄い勢いで紅潮する悠理。
そんな彼女に笑みを深め、頭を軽くひと撫でしてから、彼は僕へ軽く手を上げ立ち去った。
何気ない仕草のひとつひとつが、妹を慈しむ兄の姿そのもので。
僕は立ち去る後姿に、軽く会釈をした。
「どうぞ、お掛け下さい」
カウンターから声をかけられ、僕は先程まで豊作さんが掛けていた席へ腰を下ろす。
悠理は先程の紅潮がまだ抜けず、どこかぎこちない仕草。
「悠理、豊作さんは何と言っていたんですか?」
声を掛けてみると、彼女は未だ緊張感が漂う表情、心ここにあらずといった風情。
「……悠理?」
心持ち距離を詰め、未だ赤く染まる目元を覗き込むようにすると。
悠理は僕の視線に気づいて、慌てて距離を置こうとした。
僕は一瞬早く、逃げようとする肩を捕まえる。
「悠理」
緊張からか、がちがちに固まった肩に軽く力を込めたまま、再度名を呼ぶ。
逃げることを許さぬという、気持ちを込めて。
すると、僕の意図が伝わったのか悠理の緊張が解け、肩の力がすとんと抜けた。
「はぁ……」
大仰とも言える溜息をひとつ零すが、未だ頬は赤い。
「大丈夫ですか?」
「う、ん。平気」
ありがとう、とかごめん、とか、そんな台詞をもごもごと、口の中で呟いて。
悠理は自分のグラスを持ち上げ、残っていたカクテルを一気にあおり、もう一度溜息。
それから、決まり悪そうな表情になって、僕を見詰めた。
「……清四郎」
「何ですか?」
「兄ちゃんがさ……その、ね。『明日は夕方までには帰っておいで』って……」
消え入りそうな声は、それ以上は僕の耳に届かず。
悠理は照れと困惑が入り混じった、複雑な表情を浮かべていて。
僕は、あまりにも愛らしいその様子に、浮かんでくる笑みを抑えることができなかった。
*
君を大切に思う人から、託されたのは。
君という名の、宝物。
だから僕は、君を愛する。
僕の全部で、君を守る。
託された、想いとともに。
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当ブログへ掲載している作品は、小学生当時連載開始から読んでいた思い出の作品。数年前にちょっとだけ二次創作を綴っていましたが、いきなりブームが再燃しました。
更新ペースは超・いい加減でございますので、皆様どうぞご容赦を。