[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
大事な事が、言えなくて。
『とある日の迷走』
目を開けて、何かが足りないと、直感。
ベッドの中には、不自然な空間。
いつの間にか、己の一部分とも錯覚しかねない程に、近くにいた存在。
彼女が、いない。
(………不覚ですな。僕としたことが)
いつもならば、悠理が寝床を離れた時に気付かない事など、ないはずだというのに。
昨夜は、それだけ自分が平静を失っていたという事か。
唇を奇妙に歪め、前髪を掻き揚げた。
*
昨夜は、常になく言葉を荒げて喧嘩をした。
原因はほんの些細な事であり、今更思い返そうという気力も起きない程のもの。
お互いが多忙な過密スケジュールの中で、余裕を失っていたのかもしれない。
彼女だけではなく、僕も。
やがて彼女は、ぽつりと漏らした。
「………もう、いい」
真っ直ぐに顔を上げ、僕を見てはいたが、その瞳は虚ろ。
なんて表情をするんだ、と僕はその時初めて虚を衝かれ、言葉を失ったが。
悠理は僕から視線を外し、背を向けた。
空間が凍りつく。
しかし僕は、こんな時に歩み寄り、譲歩する術を持たず。
無言のままで携帯と財布を手に、家を出た。
車を適当に走らせて、あてもなく街中をぐるぐると回る。
信号待ちの度に目に付いてしまうのは、笑いさざめく男女の姿。
自分達にも、間違いなくあんな時間があったのに。
彼女を伴侶として得てから、3年。
仕事に忙殺される僕、そして家のために振り回される悠理。
両方が家にいる時間よりも、同じ会社内にいる時間の方が長い日々が続くというのも滑稽だ。
社内で顔を合わせるような暇など、ないというのに。
(……どうして、こうなってしまったんでしょうね)
当初では考えられなかった、悠理を表に立たせる機会の急増。
勿論それには、不可避の問題があった訳で、彼女自身も異を唱えずに受け入れてくれたけれど。
反面、誰にも言わずに抱えていた苦悩。
見栄や虚飾によって華美に彩られた世界で、窒息寸前であったろうに。
気遣ってやれなかったのは、己の不覚。
されど、それを自分に許さなかったのは、彼女自身の優しさと誤解。
(悠理はあんなに馬鹿なんだから……無用の気遣いなど、当たり前にするんですよね)
今更そんな事に気付かされて焦るような、短く浅い付き合いではなかったはずだ。
なのに、自分は怒ってしまい。
我を張る2人ならではの、売り言葉に買い言葉の応酬。
そして、悠理は閉じこもった。
家に戻ると、悠理はひとり、ソファに崩れ落ちるように眠っていた。
テーブルの上には、不在の間に空けたらしきワインとウィスキーの瓶。
「……面白い。喧嘩をしていても、考える事は同じですか」
ひとり呟く自分の手にした袋の中身は、一升瓶。
瓶を置いて、眠る彼女の頭を昔のようにそうっと撫でる。
年を重ね、化粧もそれなりに板についたけれど、髪の感触は昔のままで、どこかその事実に安堵する。
「明日は……笑顔で『おはよう』と言ってくれますか?」
耳元にそっと囁いてから、寝床へ運ぶため、相変わらずの細い体を抱き上げた。
ワインの香りが残る吐息を、奪いたくなる衝動を抑えて。
*
結局ひとりで一升空けてから、着替えもせずベッドへ倒れ込むように入り、熟睡。
常ならば、この程度で酔いが回ることもないというのに。
更に悠理が飛び出した事に気付けないとは、有り得ない程の不覚。
「……さて」
とりあえず酒の匂いを抜くために、とシャワーを浴びて服を替えた。
何しろ今日は平日だ、これから出社しなければならない。
(……いや、待て。確か今日は)
頭の中を突如掠めた本日の予定は、必ずしも自分でなければ消化できないようなものではない。
ならば、と決断は即。
携帯電話を操作して、急ぎ上司へ連絡を入れる。
「あ、おはようございます、清四郎です。お義兄さん、朝から申し訳ありません。実は……」
日頃のハードスケジュール消化がものを言い、あっさりと休暇承諾。
「ふむ」
時間を作ったところで、状況調査を開始。
悠理のクローゼットやシューズボックスをざっとチェックして、眉を潜めた。
「……久し振りですねえ、バイクを使うのは。となれば、探しに出るのも難しいですな」
徒歩で探すには無謀だし、車で追うにも手掛りがないならば、どうしようもない。
諦めて、携帯電話で定期的に呼び出しをかけるが、全くと言っていい程相手が出ない。
(シカトですか……いや、バイクだから気付いていないのかもしれない)
携帯を操作して、通話とメールを交互に使用するも、相手は全く梨の礫。
発信履歴と送信済みメールの数だけが、積もっていった。
「……せっかく休みにしてもらったというのに、何をしているんでしょうね、僕は」
自虐的な台詞も、ひとりで言っていては更に空しく響く。
彼女がここにいたならば、きっと笑い飛ばしていただろう。
『ぶわっははは!お前何ひとりでカッコつけて、眉間に盛大に皺寄ってんの!?バッカみてえ』
なんて、豪快に大口を開けて腹を抱え、涙まで零しての大笑いだって平気で行う女だから。
……それでも、自分がこの世界でたったひとり、その腕に包まれて眠りたいと願った女だから。
ああ、そうでした、僕は。
不意に、携帯のメール着信を知らせる音が高らかに鳴った。
慌ててチェックすると、送り主は悠理。
『着いたら謝るから、お前も謝れ!』
「……本当に、変わりませんねぇお前は……」
昔からのそのままに、女性らしい媚など欠片も見当たらない、だけど素直な心の言葉。
小さな機械越しにでも届いた悠理の心に、先程までの空しさが霧散して。
「戻ってきたら、久し振りにどこかへ出かけましょうかね?」
独り言に対して微笑むと、古いメールと発信履歴を全削除。
それから新たに、メールを1通。
*
『昼飯は作りますから、冷めないうちに帰って来い』
「ごめんなさい」は照れ臭いから。
まずは「一緒に食べましょう」を。
腹ごしらえしたら、喧嘩でも、デートでも、付き合いますよ?
04 | 2025/05 | 06 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | ||||
4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 |
11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 |
18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 |
25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 |
当ブログへ掲載している作品は、小学生当時連載開始から読んでいた思い出の作品。数年前にちょっとだけ二次創作を綴っていましたが、いきなりブームが再燃しました。
更新ペースは超・いい加減でございますので、皆様どうぞご容赦を。