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ちりりりん。
ちりりりん。
耳に届く夏。
『風鈴』
「おや、風流な」
「……本気で言ってんのか?」
ジト目で尋ねると、苦笑いされた。
自宅の日本庭園の一角に、出現した縁台。
蚊遣り豚ならぬ蚊遣りタマフクが据え置かれ、線香の煙がたなびいて。
その横では、繊細な細工の置風鈴がちりりと音を立てる。
周囲には生垣までしつらえて、まあ庭だけ見る分にはいいのだが。
振り返れば、そこに剣菱邸の屋根。
この辺が父ちゃんらしさであり、情緒も何も台無しな点。
あたいは思わず空を見上げ、手持ちの団扇をぱたぱた弄ぶ。
アケミとサユリのシルエットを手漉き和紙に漉き込ませた、拘りの品。
友人達から「さすがおじさん」と、賛辞だか何だかわからん言葉をもらったのは、記憶に新しい。
「おじさんですか?この有様は」
「そ。母ちゃんはあっちエリア使ってっけど」
団扇で指し示したのは、ここからは見えないエリアの庭。
父ちゃんも父ちゃんなら、母ちゃんも母ちゃんで。
西洋式庭園エリアの一角で、気分はさながらベルサイユ。
最近はプチ・トリアノンまで再現しようと画策中らしく。
うっかり引っ掛からないように、と改めて気を引き締めた。
「……で、ここに来るために、浴衣に着替えさせられた訳ですな」
「父ちゃんが『ここに来るならTPOに気を使え』ってさ。ったく、わけわかんね」
ぶすくれて答えるあたいは、本日は、紫紺の地に白の花が咲く浴衣。
帯は鮮やかな紅梅色、髪は捻ってから纏めて、とんぼ玉の簪が光る。
対する清四郎の浴衣は、兄ちゃんが贔屓にしてるっていう店で出した反物だそうで。
黒の市松模様なんて珍しい柄だけど、不思議と似合ってた。
「家の敷地内に、どんなTPOを定めるつもりなんですかね?」
苦笑いを貼り付けたままの、清四郎の台詞が痛い。
「言っとくけど、母ちゃんの方は『中世フランス貴族衣装義務付け』だぞ」
「……心しておきますよ」
「無事に逃げ切れよ。『清四郎ちゃんならフェルゼン伯』って、張り切ってたから」
「この日本人顔に、どうやってあの衣装を纏えと……?」
「相手は母ちゃんだぞ。ヅラも完璧だ」
「ここの方がまだ……いや、究極の二択かもしれませんな」
清四郎は、溜息交じりに返してきた。
あたいは肩を竦めると、縁台の空いてる空間に掛けるよう促す。
奴は素直に隣へ腰を下ろし、ふうっと息を吐いた。
「悪いな。父ちゃんが無茶言って」
「いえいえ、慣れてますから」
「清四郎、お前……さり気なすぎるぞ嫌味が」
あたいが膨れてそっぽを向くと、不意に清四郎の手が伸びてきて。
大きな手が頬に触れ、優しく包んだ。
「あまり、すねないで下さいよ。綺麗な顔が台無しですよ?」
予想外の台詞に、顔が一気に熱くなって。
叫び出したくなったけど、堪えて。
「美童じゃないんだから……そういうのは、女口説く時に言え」
ぼそっと呟いて、手から逃れようとすると、頬を離れた手は肩を引き寄せて。
叫ぶ間もなく、腕の中。
顔を相手に向けさせられると、その距離僅か10㎝。
必要以上に整った顔のドアップで、しかも漆黒の瞳にじいっと見つめられるのは。
心底、心臓に悪い。
「だから今、お前を口説いてるでしょ?」
冗談めいた台詞のはずなのに、冗談に聞こえなくて。
確実に今、自分が真っ赤だと実感できる頬の熱。
冷ます事なんて、できやしなくて。
今のあたいにできるのは、無駄に綺麗過ぎる男を睨みつけるだけ。
すると清四郎は、表情をすうっと引き締めて。
吐息と共に、薄い唇から囁きが漏れる。
「───前にも教えませんでしたか?そんな瞳で睨まれても、僕は煽られてしまうだけだ、と」
反論する間も与えられず、開いた唇は塞がれて。
漆黒の瞳に見つめられるのに耐えられず、ぎゅっと硬くつぶった瞼の裏に。
置風鈴の音だけが、ちりりちりりと鳴り響いた。
*
夏の記憶は、風鈴の音と、抱き締められた肌の温もり。
(掲載期間 2008.7.14~2008.7.20)
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当ブログへ掲載している作品は、小学生当時連載開始から読んでいた思い出の作品。数年前にちょっとだけ二次創作を綴っていましたが、いきなりブームが再燃しました。
更新ペースは超・いい加減でございますので、皆様どうぞご容赦を。